特集 海外図書館事情

海外の大学図書館とその周辺の思い出

吉 田   直  

 学者にとって図書館は切っても切れない重要なものである。 留学ともなれば図書館が利用できなければ、 留学の意義が大方失われることは間違いない。 1997年4月から1998年3月まで大学の許可をえてロンドンにある The London School of Economics and Political Science (以下 LSE と略称する) に留学する機会を与えられた。 ここの卒業生には有名な投機家ジョージ・ソロスがいる。 総合図書館 (British Library of Political and Economic Science) を利用することができた。 実は、 海外の大学図書館を比較的長期にわたり利用する機会は今回で3回目 (他は UCLA とバークレー) である。 正確には、 アメリカ法の資料の関係でロンドン市内にあるもうひとつの外国人向けの法学専用図書館を利用したので (ここを利用するについては本学の山崎教授に大変お世話になった)、 4つを数える。 以下では、 UCLA と LSE の図書館の2つを取り上げた。

 1. 最初に利用したのは、 10年余り前、 カリフォルニア大学ロスアンジェルス校 (UCLA) のロースクールの図書館であった。 初めての留学であったのでこの図書館の印象は非常に強い。 当大学には中央図書館、 学部生用図書館、 各学部・大学院の附属図書館等が広い敷地の中に点在していて、 私はロースクールの図書館を中心に、 その日の気分に応じて他の図書館も利用した。 日比谷公園17個分といわれる広い構内を散歩したり、 明るく自信に満ちた学生の表情も印象的であった。 気候も 「毎日晴れの毎日です」 と手紙に書いたくらい雨が少ない。

 留学の最初の半年は妻の出産の都合で大学から車で35分程度のトーランス市に住んでいた。 朝のラッシュアワーに巻き込まれないように朝6時半頃家を出るのだが、 フリーウェイを降りて、 サンセット通り側からキャンパス内の指定駐車場に車を止めて、 図書館の近くの食堂でコーヒーを買うと時計は7時半頃である。 図書館が開くまで新聞を読んだりして待つ。 ある日サンセット通りで右カーブに合わせてハンドルを切っているときにハンドルがぶれて対向車と危うく接触しそうになった。 帰宅後原因が分かった。 少数だが死者が出たほどの地震であったことを知った。 図書館は学期中、 朝8時から真夜中まで利用できるが、 私は夕方のラッシュ前に家に帰る毎日であった。 ロースクール付属図書館にはアメリカ法研究に必要な判例、 雑誌や本がほぼ揃っていて、 且つ図書館自体も小ぶりなので資料を求めて館内をあちこち歩き回る煩瑣さもなく、 落ち着いて資料を読むことができる環境であった。 しかも、 朝早い時間に入館するので未だ利用者の数も少なく、 また館内に一番乗りの場合もあり、 そんな日は朝から爽快であった。 更に、 大学がキャレルを貸してくれたので、 重い辞書類を持ち運ぶ手間が省けたこともありがたかった。 当時、 UCLA は法学部長がアジア法にも力を入れていたせいで、 司書に日本人スタッフが1名いて、 日本の法律書の収集にも熱心であった。

 館内の明るさでは駐車場から近い所にあった中央図書館が便利であった。 大きなガラス窓に近い景色の良い机を選んで法律書以外の本や雑誌を読むことが多かった。 ある日、 各机の上に 「昨日この図書館内でレイプ事件が発生しました。 各自気をつけて下さい」 旨の内容のビラが置かれていた。 最初は誰かのイタズラかと思ったが、 後日の学生新聞によれば、 犯人が捕まり、 例によって誘った誘わないの裁判が始まったこと、 その他確認できない類似の事件が数多く起きていると思われる旨の報道があった。 そういう訳で、 各図書館では夜になると駐車場まで痴漢・犯罪から主に女子学生を守るためにエスコート・サービスといって、 車まで付き添ってくれる係員がいた。 その他、 学部生が主に利用する図書館も利用したがここでは学生同士の私語がやや賑やかだった。 建築学部の図書館で見た建築やデザインの雑誌に掲載されている学生の作品はプロのものといえる出来であった。

 UCLA で残りの半年は大学のすぐ近くのアパートに引っ越したので、 大学内の植物園の脇を通って歩いて図書館に通うことが出来た。 このアパートにはビジネススクールに留学中の企業派遣の日本人も多く、 ビジネススクールとロースクールの双方に近い学生食堂で彼らが数人集まって食事をしつつ情報を交換している姿をよく見た。 優秀な人が多かったようで、 単位を早々と取得して残りの3ケ月の間に (会社に内緒で) アメリカ旅行をする余裕のある者や、 ある方は今年、 外資系の証券会社の社長として経済雑誌でインタビューを受けていた。 アパートの周りもビバリーヒルズに近いせいか綺麗な家が多く、 妻は生まれたばかりの娘を連れてよく散歩をしていた。

 ところで、 アメリカ経済は立ち直ったというが、 貧富の差が益々拡大していることに加えて、 ロスアンジェルスの経済を支える軍需産業が不調なので、 近時、 UCLA の周辺地域はホームレスが増加し、 女房が子連れで散歩した辺りも散歩には適さなくなったとのことであり、 ウェストウッドの学生街にある店舗のうち20〜30%が閉鎖したとも聞く。 ニューヨークが治安を回復しシリコンバレー付近が活況を呈しているのと対照的である。 L.A.地域に留学を予定している者が治安面で不測の事態に合わないように念願して止まない。 良いところも多いが悪いところもまた多いのがアメリカであるとはいえ、 犯罪に巻き込まれれば、 図書館云々どころの話ではない。 留学する時に恩師の喜多了祐先生から 「留学の目的の一つは元気に帰国すること」 と言われたことを思い出す。

 2. それに比較してロンドンは治安が良く、 良くといっても命まで落とすような犯罪は少ない旨の意味だが、 図書館の帰りに街・公園を散歩することができることが心底嬉しかった。 今回の留学も家族連れのため、 散歩中に身の危険を感じたり時に緊張を強いられる環境を避けて、 最終的にイギリスを候補地にして、 恩師の推薦で LSE に決まった。 LSE は市内の中心部にある。 地下鉄で行くときは Holborn 駅か Covent Garden 駅のいずれかを利用した。 前者は確か木製の長いエスカレーターがあったと記憶していたのだが (昭和46年・1971年の夏に旅行で訪れた時)、 現在は鉄製になっていた。 木製は火事の危険があるらしい。 後者は観光地にあって沢山のお土産店と大道芸人がワザを披露する場所として知られている。 ロンドン通の友人から聞いて楽しみにしていた北京ブラザーズの大道芸は見ることができず残念であった。 2つの駅の真ん中辺りにシステム手帳ファイロファックスなどを扱う文具店があり時々利用した。 イギリスは文房具の国として知られていたので (あるいは私の思いこみだったのか)、 ロンドンで文房具を色々捜すことを楽しみにして、 日本から文具を最小限しか持参しなかった。 ところが、 文房具店はあるのだが、 ノートは万年筆のインクがしみて書き辛く、 陳列してある文房具の量は多いのだが、 種類は少なく、 あっても精度が日本の物に劣り、 (A4のビニール袋を用いたファイルシステムは良くできていたがこれを除いて) 聞くと見るとでは大違いとガッカリした。 これからイギリスに留学する人は使い慣れた (工業的に最高の品質を誇る) 日本製の文具を留学期間分持参することをお薦めする。

 なかなか LSE の図書館の話にならないのには訳がある。 資料を借りたり、 コピーをとりに行く以外、 日参することはなかったからである。 LSEはロンドンの賑やかで混雑した街中にあって、 アメリカの郊外にある広大なキャンパスとは対照的である。 構内に散歩する場所がない、 学食は狭く料理は味気ない、 のんびりコーヒーを飲む場所もない。 UCLA やバークレーのロースクール付属図書館と較べると、 LSE の都会の真ん中にある総合図書館は何かと使い勝手が不便であった。 重い辞書をもって通うのは骨が折れるし、 (レイプ事件はなさそうだが) 盗難注意で食事時など一々図書館外の地下1階にあるロッカーに荷物を仕舞わなければならない、 コピーは昔の写真機のようにフラッシュ式で慎重に操作しなければならない、 それよりも何よりも、 ロンドンの借家の書斎がいたく気に入ってしまい、 書斎の窓からロンドンの郊外の景色を眺めて自宅で資料を読むと決心するのに時間はかからなかったからである。

 それでも大学図書館に行く楽しみは多い。 王立裁判所 (Royal Courts of Justice)、 大英博物館、 ナショナル・ギャラリー、 新本・古本屋街、 家電・パソコン街やミュージカル劇場などが散歩圏内にある。 ロスアンジェルスなどのアメリカの都会では中心街を散歩することは時として自殺行為に等しい。 たとえ犯罪の被害者になっても、 無防備で歩いて犯罪を誘発したと非難されても仕方がない。 ゆっくりブラブラ街歩きを楽しむことができるロンドンに留学することができたのは望外の幸せであった。

(法学部教授 商法)

 

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